研究内容

脊椎動物の起源および進化研究の歴史は長く自然哲学が栄えた18世紀後半からはじまる. それはジョフロアが提唱した解剖学要素の理論である結合一致の法則の思想的な影響によるところも大きい. この思想は差異を同じものに従属させた. また解剖学的な要素は相互規定のいくつかのイデア的な関係によって結合されるー生命は最小限の理念的な次元において現れるのである. 故に観念論的比較形態学者は「原型」概念を掲げ差異をイデアに帰着、様々な無脊椎動物(環形動物や半索動物など)を仮想的な脊椎動物の祖先とし、脊椎動物の進化の過程を明らかにしようと試みてきた. しかし今現在までその歴史は謎めいている. 

 それは比較形態学が比較不可能な形態要素を対象とした場合に非常に脆い学問であることによる.  また期待されつつ導入された比較発生学が分子生物学を吸収したのちに、可能態の学問へと傾倒していったことも一因となっている. 

 私はダーウィン的な進化(動物は変化しそれは子孫に受け継がれる)が胚発生過程にあらわれるのであれば、発生学も有効な手段になるであろういうヘッケリアン的立場の元(ヘッケルに言わせれば、ゲーテ、ラマルクがすでに進化を思考していたと言うことになるが)、異なる動物種間に起きる個体発生における「差異」を進化の実体と仮定し、動物間での共通の発生プログラムである「反復繰り返しとも考えられる」祖先から引き継がれた現象を抽出することと相補的に捉え、研究をしている(ここでいう差異は同一性から生じ、その支配下にあるとするならば、すでに問題を捉えていないということにもなりうる). 

 このことは発生現象を複数の祖先的、派生的レイヤーとして捉え、レイヤー間の相互作用が、諸所個体発生形態の再現前化に「時間」を通して寄与するという観点に立脚している (Onai. TIBI 2018). 発生におけるこれらの現象は、過去の出来事と現在の出来事が混在し、相互作用を起こす、つまり発生場とは、複数の時間が混ざった、過去と現在を行き来する形態パターン生成が生まれる奇妙な空間であることがわかる. ここには発生構成レイヤーがgenotypeとどのように関係するのか、もし関係性があるならば、phenotypeはレイヤーの構造の帰結として推測可能なのか、といった問題が生じる(Wilhelm Johannsen 1911; Peter Taylor and Richard Lewontin, 2017).   

 Genotype Phenotype問題は科学に落とすにはまだ早い「Worst question」という声もあるなか、これらの問題を思考することにより、進化の法則を明らかにすることが私の目標である.

 

(1)脊椎動物頭部の進化

 「頭」及び「顔」は他の身体要素とは異質な際立った存在である. 頭部は神経系、筋系、骨格系、循環器系、感覚器系などの解剖要素が特異的な連関を持つ高度に複雑な構造をしている. 数億年という歳月の流れをへて、脊椎動物頭部を作る個々解剖要素がどのように出現したかは、化石証拠、現存する動物の形態、ゲノム情報と遺伝子ネットワークなどから研究されているが、明確な答えは出ていない. 

 私は、このような脊椎動物の頭部を出現させるに至った進化の歴史を、おそらくは初期脊椎動物の形質を保持しているであろう円口類及び、明瞭な頭部を持たず、初期脊索動物の形質を保つと想定されている脊索動物 頭索類ナメクジウオを用いて研究している. 現段階では、脊椎動物の頭部形成の基盤である体軸の理解 (Reviewed in Holland and Onai 2012)、そして頭部と体幹部の質的差異の理解を中心に研究を展開している (e.g.., Onai et al., 2023)。

 

(2)体節の起源

 新口動物とは、個体発生過程において腸原基の開口部である原口が肛門になり二次的に口ができる三胚葉性(外胚葉、中胚葉、内胚葉)動物の総称である. 鰓裂や椎骨など脊椎動物にみられる頭尾に沿った分節構造は、脊索動物においては発生期に一過性に現れる沿軸中胚葉要素である体節(新奇形質)を主体とし、体幹部においてはやや明瞭に筋並びに神経や骨格を含む一つの単位として機能している.  一方半索動物や棘皮動物にみられる三分節性中胚葉は、これらの動物において頭部や吻部などの形態的な差異を作り出す.これら分節構造はどのように進化し、身体や器官に表出したのだろうか.なぜ分節は個体の内部に出現するのか?

 19世紀より多くの動物学者が個体に出現する脳神経や後脳、筋節、鰓裂に代表される分節に目を奪われ、その番号をつけては分節の体系を考案し種間で比較、その分節の類縁関係を解き明かそうとしてきた. が、混迷に満ちた歴史は続いている. それは認知の限界に挑む作業でもあったからだ. 分節は胚発生において器官を構築するための「変数」なのか?進化文脈での分節的構造のそれぞれの動物系統における意味を解き明かそうとしている (Reviewed in Onai 2018, Onai et al., 2023).

 

(3)反復説再考

 反復説が目的論的な発生現象(形態学的個体の現実化)に対し、進化論の論理を背後に合理的な説明を可能にすると考えたヘッケルの思想は、過激さゆえに批判された.そしてヘッケルは追憶の彼方にいる.その後反復は、例えばマクマリッチによれば、胚は部分的に祖先を反復すると修正されるなど、諸所考察によって評価された(Reviewed in Onai et al., 2014, 2017, Onai 2018). 現在は共通祖先が持っていたであろう発生機構を、ある系統の動物が発生過程において利用していることをさして反復と呼ぶこともある.

 所詮は反復もイデア(理念)に飲み込まれ、ありもしない永遠回帰を描いては円環し、プラトン的視座の彼岸になっているだけかもしれない. 本研究では、反復を科学的に再定義するため、胚発生、古生物、解剖、ゲノム、物理法則(古典、量子)を総合的に高度な次元で扱い、胚発生と進化の真の理解を目指す.

 

(4 )自律神経系の進化

 脊椎動物は活発に運動し、捕食活動を行う. その生活を維持する為にはエネルギーを大量に消費するため、運動と休憩の絶妙な調節が重要である. この調節機能を担っているのが自律神経系である.消化管などの臓器を支配する自律神経系は副交感神経と交感神経からなる. このような自律神経系の進化を理解するために、明瞭な副交感神経と交感神経、交感神経幹を持たないが、臓性神経系をもつ頭索類ナメクジウオを用いその神経回路の構造及び神経分化の遺伝的機構を研究している. 

 この研究では、個体を臓性と体性の解剖学的要素に二分し、臓性と体性の相互作用と進化の歴史(たとえば固着性と自由遊泳)との関係性に着目し、行動学的な観点からも再解釈を試みる. それは腸管神経系と脳との連絡の進化過程も射程に入る.この問題を解くために二胚葉性動物である刺胞動物と有櫛動物も対象としている.

 

(5 )進化学に対する新たな記述

 Evo-devoが叫ばれてすでに数十年が経過した。これまで、数多くの素晴らしい成果とともに、この学問は、生命の進化の歴史に対し多大なる貢献をしてきた。一方で、いまだに発生学的進化理解は、マイヤー的集団遺伝学者とグールド的発生学者の20世紀的対立に見られた問題を捉えられず、進化の統一理論の形成には至っていない。

 この現状に関しては、少なくとも、分子発生学において個体形成に関する情報の記述(遺伝子、力学場、複雑系としてのアトラクター記述)に問題が多くあることは否めないだろう。よって新しい進化に関する情報論を探索する必要がある。本研究課題では、この点を重視し、生物学に囚われず広い視点で学際的研究を進める。

頭部分節理論

高度に分節化した頭部 オーウェンによって想像された脊椎動物の原型

椎骨が規則的にならぶ頭部分節は分節の一元論で脊椎動物を定義する素晴らしい

発想であったため今でもナメクジウオ の研究者の中にも信じているものもいる 

ヤツメウナギ

初期脊椎動物を理解するためには円口類の研究が必須だ。ヤツメウナギは日本にも生息するとても貴重な円口類。その頭部の形態パターンは多くのことを教えてくれる



ナメクジウオ

規則的な分節構造を基礎とするナメクジウオ の背側末梢神経は、脊椎動物の祖先がこのような頭部をしていたと信じる者の最高の研究対象である。この中に三叉神経の起源を探すものもいた。この動物の特異性や祖先性を追求することで、脊椎動物の進化過程を推測する研究が盛んである。